久高でカミンチュウに

2009年01月30日

紹介されたカミンチュウに会いに、船で久高に渡った。
港でお互いに初対面であるのに、ぼくたちはすぐに認識しあった。


「こちらが治療院にしてる家で、もう一ヶ所、神のおられる場所がありますが、どちらに行かれますか?」

「えっ、そんなこと言われても、ぼくにはわかりませんよ」

「あなたには、全てわかってるはずです」

「.......????  何のことだか解かりませんが、では神のおられる場所にいたしましょう」

「やはり、あなたは、わかっておられるのです」

「............」


神のおられる家に着き、お茶をいただき、しばらく談笑していると、
そのカミンチュウと時間を共にするために筑波から来られた4人の方が見えられた。
昨年末、筑波で一度会われただけで、その4人はまるで彼の従者のように慕われている。
神性とか霊性に感応できないぼくには不思議な世界だ。


ヘルニアで困ってる身内をを手術ではなく、治癒できるということで訪ねたのだが、
注目はその内、主である彼女ではなく、従であるはずのぼくに集中してきた。

全くわからん......
ぼくのことなど、どうでもいいのに......
ぼくの肝臓が悪いだの、腎臓が弱ってるだので、明くる日、ぼくの治癒に入ることになった。



背中に真空になってるらしいバンティ?という瓶を何本も吸い付かせていく。
悪いところ(内臓)があると、そこは黒く変色していくという。
昨日は、肝臓だ、腎臓だと言われていたのに、ぼくの肌はほんのり赤くなるだけで、全く変色しないようだった。

さらに薬草オイルのようなものを塗り、身体にある毒素を抜く治癒に入った。
悪いところがあると、乳濁色の体液が出てくるという。
ぼくのは透明なピンクだったらしい。

結局、ぼくは不思議なほど、健康な内臓を持ってるらしいというお話になってしまった。



それからは

神の島、久高の歴史

その家の下には洞窟があり、何千年も小人が住んでいて、時々彼に会いに来るという

彼は久高から逃れたく、建築設計士になり東京にいたが、まだ久高に取り込まれているようで
カナダに行こうとした途端、脳卒中で倒れ、久高に帰らざるをえなくなったこと

代々、おばぁが仕えていた薬師如来とともに、このような生活をするのが自分の使命だと納得したこと

今、多くの人々の霊性が高まっている時代に入ってきた

等など、ぽつぽつと話していただいた。



そして、このぼくに
「あなたはとても霊性の高い人で、全てが見え、わかってる方だ」

(わからん、わからん。な~んも先のことは見えんし、わからんもんね~)

「今、あなたは自分に与えられた使命に向かって真っ直ぐ進み始めており、いろんなものや人々が、
そのために集まってくるはずです」

(ほんまかいなぁ......それやったらいいなぁ......)



ぼくは、興味はあるけど、よくわからない世界に入ると、意識的に判断停止をするようにしている。
理性をできるだけ排除し、感覚を広げふかくするように集中する。


しかし
霊性や神性......ことばとしては、わかるが、まだ自覚的に感じたり、腑に落ちたりはしない。
だから
そういう世界に取り込まれると、とても疲れてしまうのです。


へとへとになって、久高から、安座真港に船で着いた。
そこでまた、知り合いのカミンチュウの方に会い、同じようなことを言われた。
もう、ヘトヘトの二乗です。



有り難いことですが、今日のところぼくは疲れ果てました。

でも
天気予報では曇りや雨の予報だったのに、滞在した二日間は温かく晴れ間の広がった久高だった。


天才 choji や宮大工のハルさんがせっかく「土」に来てくれたのに、ぼくは仕事を放棄し、
大西さんに店を任せ
お布団に潜り込んで、早々と眠りに就いたのでありました。



※ごめんなさい。読みづらいでしょうが、まだ写真のアップの仕方がわからず、文章だけです。
初めて、ブログに自分で日記を書きました。しかも、一回書いて誤って消して、もう一度書き直し。
疲れた~~~~
  
タグ :近未来


マイアルバム
オーナーへメッセージ
写真集「仲程長治・琉球パトローネ」 2009年10月1日発売!ご購入はこちらから
QRコード
QRCODE
現代版組踊「翔べ!尚巴志」

お問い合わせ サイトマップ