知ってた?

2010年02月28日

ども、大西です。


先日、石川真生さんとお話しをしていました。
真生さんが、
「何でここの前の道をパラダイス通りって言うの?」
と、僕に聞いてこられました。


聞いた話があります。

その昔、この通りのちょうど真ん中ぐらいの所に
「ニューパラダイス」というダンスホールがあったから
そのダンスホールへ向かう通り道で呼ばれるようになった、と。


その事を真生さんに伝えると
「へ~、そうなんだ。で、どれぐらい前まであったの?」


う~ん、そこまでは知らなかった。
これは、調べるタイミング。と思い、色々と調べてみました。


皆さまにもその歴史を・・・。

戦後、現在のパラダイス通りに「ニューパラダイス」というダンスホールありました。
(不明確ですが、緑ヶ丘公園横のコインパーキングになっているところ)
若者を中心に日本人からもアメリカ人からも人気があり誰もが
集えるところです。
自然と「ニューパラダイス」へ行く道から「ニューパラダイス通り」と
呼ぶようになりました。
この「ニューパラダイス通り」が時代の流れで短くなり
「パラダイス通り」と呼ばれるようになりました。


もう少し、詳しく歴史をみてみると…。
戦後の区画整理で割り当てられた土地で「ニューパラダイス」という
レストランを開業された方がいらっしゃいました。
当時、レストランの裏手に米軍施設があり、そこのアメリカ兵が店で
レコードを流していたそうです。


昭和28年に営業形態をレストランからダンスホール「ニューパラダイス」に変更しました。
(当時、ダンスホールとは言わずにダンス教習所と呼んでいたそうです)
そこは、先にも書きましたが、日本人もアメリカ人も集う
大変人気のある場所として成功しました。
この成功に続いて、周辺には30件近いダンス教習所が
できたそうです。

ですが、この周辺は公園地域に指定されている区域で、
ダンス教習所は風俗営業とされていて営業するのが
難しくなっていきました。
事業の拡大も難しく、昭和58年「ニューパラダイス」は閉店されました。
30年の歴史に幕を下ろしたのです。



と、言うことはこの「パラダイス通り」とは、
一般市民の皆さんが、ただ呼び続けてきた通称になります。
正式名称は…。


実は、あるそうなんです。


那覇市は、ここの通りを「新成(しんせい)通り」と名付けたそうです。
ですが、地域の住民の皆さんは、馴染み深い「パラダイス通り」と
呼び続けたので、自然と「新成(しんせい)通り」という呼び名は
消えてしまったそうです。
でも資料が残っていないので、本当のところは分からないらしいです。

で、現在の行政の区画でいうと、
「牧志・前島線」が、正式名称となるとのことです。


そう、こんな歴史があり、またちょっと不思議な部分もある
「パラダイス通り」


是非、この文章を思い出しながら散歩するのも
楽しいかもしれませんね。


tsuchi│2010年02月28日 19:19 │コメント(4)TB(0) │カテゴリ:沖縄

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この記事へのコメント
×ゲームまだ?!
Posted by 大工のハル at 2010年03月01日 07:18
大工のハルさん


×毛゛~無?
誰も衣装を持って来ないから無いんかなぁ。
やる気マンマンやったのに。
Posted by 土 オオニシ at 2010年03月01日 13:56
いいですな~こういう知識共有!
僕も気になってたんです、なぜ「パラダイス通り」なのか。
また近々ハーブティー飲みにお邪魔しますね。
Posted by soyamax at 2010年03月04日 01:15
soyamaxさん

ども!
国際通りも沖映通りも桜坂のほうにあるてんぷら坂もそれぞれ名前の由来があるんですよねぇ。

そんな歴史を調べるのは、ホント楽しいです。
Posted by tsuchitsuchi at 2010年03月06日 19:44
 


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